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アメリカでのラリー振り返り

現在、今期のラリー参戦についての詰めの交渉をしています。
今年の参戦にあたって色んな人たちにプレゼンをしています。
過去の歴史を振り返って、自分がどういった経緯を辿って今に至っているか、説明しています。

うまくいくと信じています。


以前、アメリカに赴任してからラリー参戦に至るまでの経緯を、プレイドライブさんに掲載頂きました。

プレイドライブとは、合同会社サンクさん発行のモータースポーツ雑誌です。
2013年5月号に3ページ分載っています。記事は筆者が書いています。
まだ見ていない方はバックナンバーをぜひ買ってください。
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プレゼンでは、自分はどういう人間なのか、どういった経歴を持っているのか、何をしたいのかを相手に分かって貰わなければなりません。ですので、過去を振り返りながらまとめ資料を作っています。
今日は、紙面の関係で雑誌に書けなかったことも含めて、もう一度アメリカでラリーに参戦するまでの経緯を振り返る記事を書きたいと思います。そういう気分なので(笑)


2011年4月にアメリカ赴任して、半年くらいはこちらでの生活基盤固めに専念していました。
2011年終わり位から少しづつ準備を始めて、2013年に全米ラリー選手権(ラリーアメリカ)に参戦開始することができました。

駐在に行く前は、色んな人に、「アメリカってラリーやってるの?」って言われた事を思い出します。
現に、日本ではほぼアメリカのラリー情報はゼロでした。
ネット検索しても殆どヒットしない、そんな状態から始まりました。
こちらに来て、誰も知り合いも友達もいない中、少しずつ手がかりをつかんで行って、色んな人にメール送って・・・で、メール返信してくれない人もいっぱいいましたが・・・そんな中で何人かのラリーストとコンタクトが取れて、色々教えて貰いました。
手がかりを求めて、インディカーのイベントにも行ったりしましたね。
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絶対的な英語力の不足も痛感しました。
でも、誰も助けてくれる人はいません。
自分がコンタクトを取って、自分で調べて、環境を整えていくしかありませんでした。
語学力を伸ばしたい、英語を覚えたいという皆様、近道はありませんよ。
英語はすぐに出来るようにはなりません。日々の努力あるのみです。


どこでラリーが行われているかを調べて・・・
どんなラリーでどんなルールかを調べて・・・


これに約半年くらい掛かりましたかね。
仕事も含めて、英文をひたすら読んで、ひたすら英語のメールを書いていたので、今では英語のメールを読むのも書くのも大分早くなりました。



で、やっと次に、車をどうするか考えました。
調べた結果、松・竹・梅プランがある事が分かりました。

松・・・ラリーカーを借りて走る。

アメリカのメイン州にチームオニールモータースポーツという、フォードフィエスタR2をアメリカで走らせている会社があります。そこにメールを送って、マネージャーのマーチンを紹介してもらって、フィエスタR2を借りる交渉をしました。
提示されたのは、ラリーアメリカ参戦1戦あたり当時のレートで約150万円。
もちろん、フィエスタR2は欧州のラリーでも非常に多く走っていて戦闘力のある車なので、一度乗ってみたいし魅力的なオファーではあるものの、チームの場所も家から遠く離れているし、練習もできないし、お金も掛かるしで、最初のステップとしてはちょっと無理があったので断念。

http://teamoneil.com/

竹・・・ラリー車を作って走る

ベースとなる車を買ってきて、ラリー装備を付ける。
ただ、時間的な問題もあり、自分で出来ない作業などを誰が請け負ってくれるのかわからず、日本のようにショップさんにお任せ、という事も出来ず(そんなショップがアメリカにあるのかすら分からず)実現可能性が不透明のため却下。

梅・・・中古ラリー車を買って走る

日本でもそうですが、最初は中古ラリー車を買って走るのが一番現実的という判断で、梅プランをチョイスしました。


で、中古ラリー車情報サイトを探し続けて半年くらい?
1台の中古車を見かけ、その中古車のオーナーの戦歴や、車載映像を見ました。
アメリカラリー界の「梅宮辰夫」こと、Simon Wright氏との出会いです。

彼とのメールでのやり取りが始まり、一度実車を見て、試乗させて欲しいとお願いし、2012年の11月にノースカロライナ州ローリーまで車で片道11時間掛けて一人で行き、試乗をして・・・で、このチャンスを逃すとまた当分ラリー出場が遠のくと思い、半ばエイヤーで車を買う決心をして(笑)

2013年1月に、車の引き取りに再度ノースカロライナまで一人で行って、売買契約をして、ラリー車をけん引キャリアに乗せてピックアップしてきました。この時けん引車を初めて運転しました。今思えばめっちゃリスキーなことやってます(笑)
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その後、任意保険を契約して、集めた書類やSimonから受け継いだ書類を持って、引き取りから1週間後に最寄りのBMV
(日本でいう免許センターみたいな所)に車を持ち込んで、正式に車両登録し、ラリー車が遂に私のものになりました。

次にコドライバーを決めて、参戦イベントを決めて、サービスメカニックを集める作業です。

まずはコドライバー。
当然アメリカにコドラの知り合いなんかいませんでした。日本から呼ぼうかともちょっと思いましたが、ドラ、コドラ両方がラリーアメリカ初心者じゃあ、ラリーにならんなあ、という事で断念。
たまたまSimonの息子がコドライバーもやっているとのことだったので、もう即決です。即交渉。
私のアメリカでのファーストコドライバー、Kieranとの出会いですね。
Kieran、最初はかなり?ちょっと?タカビーな感じでした(笑)
お前ラリー出来んの?みたいな。
最初は乗ってやるからお金払えって言われました。後から、やっぱり要らないって言ってきましたけど。
まあ、仕方が無いですよね。いくら日本の実績があると言っても、アメリカでの実績はゼロ。
ルーキーからのスタートですから。
日本人メジャーリーガーだって、MLB来たらルーキー扱い。インディカーもそう。仕方ない。
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コドライバーの次はサービスを決めないといけません。
会社の元同僚、Chris Davisと話をして、何とか話を付けてきてくれることになりました。
ちなみに彼はラリーメカなんてやった事ありません。ラリーのラの字も知りません。
ラリーとは、から説明しなければならず大変でした。

出場イベントは、Rally America 2013の第2戦「Rally In The 100 Acre Wood」に決めました。

イベントが決まったら、次はエントリーをして、 ライセンスを取ることが必要。
が、筆者のFIA国際C級ライセンスだけじゃダメなようで、Rally Americaに出場する為のライセンスを取得する必要がありました。どうやったら貰えるの、と聞くと、自分の今までの日本での実績を纏めてラリーアメリカ事務局に送付して電話しろ、との事・・・
エクセルにイベント日時とラリー名、出走台数、SS距離と結果を纏めて、ライセンス発給経費を添えて、ライセンス発行を申し込みました。 結構な手間でした。
数週間後に、ライセンスが無事発給されたとの連絡がありました。
エントリーはラリーアメリカのホームページから申しこむようになっていて、全部英語なのでこれもまたちょっと大変。
Kieranに(メールで)教えて貰いながらやりました。


ここまで来るのに、さらに数か月掛かりましたかね・・・


次にラリー前の車の準備をして、足らない工具は買ってきて、でも工具が何処に売っているかわからんからまた聞いて、
問題がある箇所、調整が必要な個所を洗い出して、で、部品が必要ってなっても何処で売っているかわからんのでまた聞いて・・・ ひゃー、めんどくせー。


その次は、自分で車をメンテするのですが、何せフォード車なんて弄った事ありません。
よってサービスマニュアルが頼りです。サービスマニュアルはSimonから貰ったのですが、当然ながら全て英語で書かれています。 しかもトルクやオイルの量など、単位がSI単位では無く、アメリカ独自の単位(クォートとか、ポンドとか・・・)で書かれています。 それらをいちいち解読せねばなりませんでした。
なんでアメリカってこんな単位使ってるんですかね・・・

SimonやKieranは遠くに住んでいるので、不明な点を聞く事は出来ますが、何かを頼むのは無理です。
サービスのChrisも車で約1時間離れた所に住んでいますので、どうしても一人でやらなければなりません。
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そんな感じで少しづつやってきて、やっと本番です。
全米ラリー選手権は200㎞を超える距離のSSを走るのですが、準備の大変さに比べたら、ラリーを走るのなんて全然楽。


2013年にKieranと2回出て、2014年はKieranの代わりにBenと1回出ました。
2014年はもうちょっとうまくやりたかったんですけど、力が足らずに不本意な体制でしか出来ませんでした。
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今まで一人で頑張ってやってきて、少しずつ協力してくれる人が増えてきて、今年はさらに多くの人を巻き込んで出来たらと思っています。

また、今まで変な気負いがありました。
俺は日本での選手権保持者だから、恥ずかしい走りは出来ない、結果を出したい・・・みたいな感じです。
それを思う事自体は悪くないと思うのですが、現実と理想のギャップが激しくて、ラリーに出ても心の底から楽しめなかったりしました。
今年は原点に戻って、まずは楽しむことを第一に、その上で結果を求めていくスタンスでやれたらと思います。
海外でラリーするのってそれだけで大変。ましてや優勝なんて快挙もいい所です。
それだけ大変な事をやっているという事を念頭に置いて、肩の力をちょっと抜いて、今年のラリーに挑もうと思っています。


いずれにしても、今年の計画は大詰めです。
自分の考えた事通りに事が進むよう、あとひと踏ん張り頑張りたいと思います。
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All Speed Innovation

ラリー出走断念直後から、今までに出来た事のない吹き出物が唇にできました。

調べたら、口唇ヘルペスっていうらしいです。

極度の疲労やストレスで出てくるものらしいです。
それ位、ストレスと疲労がピークだったと言う事で。
LSPRにはインディアナから誰もメカで連れて行く事が出来ず、一人でミシガンまで行く予定でした。
体調が悪くて、行ってもラリーどころじゃなかったかもしれません。
ラリー前から体も心もボロボロじゃあ、話にならないです。
ましてや出ようとしているイベントは全米選手権ですし。

ラリーは出走前の準備で結果がかなり変わってきます。
結局、全米ラリーで戦える体制が整えられなかった、そんな1年になってしまいました。


さて、ラリー前に話を戻して、トランスミッションを取りに行った時の事を書き残しておきたいと思います。

クロスミッションを組み込む為、レースショップにミッションを持っていって依頼した話は以前書きました。
8月に車ごと持ち込んだ時も、9月にミッションを自宅で降ろしてスペアと共にもって行った時も、時間が合わず、ショップのオーナーと直接話はおろか、中に入る事も出来ませんでしたが、今回やっとショップのオーナーと直接話が出来ました。

当日の仕事を終え、オハイオ州シンシナティの郊外、レバノンという町にあるショップまでミッションを取りに行きました。
事前にクロスミッションを組めなかった旨はメールで聞いていたので、それはいい、とにかくミッションは持って帰る、そして、一度直接話がしたい、とメールで返信し、電話もしてから現地に向かいました。
(英語を話して電話でアポを取る、というのが、地味に大変だったりします・・・)

筆者の会社からは車で1時間20分位、家からは2時間20分位かかります。



入り口は結構小さいです。
ショールームもこじんまりしています。閉店時間だからか、お客さんはいませんでした。
写真 11 写真 21

写真 4 写真 3
 

中は結構広いです。自動車工場、というか、ガレージ、といった感じです。
写真 2 写真 1

スバルWRXのお客さんが多いみたいですが、ハイパフォーマンスカーなら何でもやるそうです。
やっと、オーナーのパット氏と会う事が出来ました。
開口一番、連絡が遅くなり、また、期待に応えられなくて申し訳ない、と言ってくれました。
色々言いたい事はありますが、筆者が出来ないことをお願いし、彼らも力を尽くしてくれたので、仕方がありません。
何故ギアが組めなかったのか、と言う事を、色々説明してくれました。
写真 5

元々、このお店に辿りつくまでに2件作業を断られました。(しかも1件はドタキャン)
ラリーアメリカドライバーのクリス・グリーンハウスにここを紹介して貰って、やっと受けて貰えたという経緯があります。

本当に、最初はお互いの事を分かっていなくて、ボタンの掛け違いやら色々発生して、大変でした。
でも、最後は握手して帰ってきました。
Futoshiは日本人だから、アウェーだから大変だろうけど、力になれる事があればやるから言ってくれ。
そう言ってくれました。

パットは、昨年1年間、クリスと一緒にラリーアメリカを全戦転戦して、彼の車のメンテナンス全てを請け負っていたそうです。今年はクリスがカナディアンラリー選手権に出る為、サポート体制を一新したのでラリーサービスはしていないそうですが、またラリーアメリカを戦いたい、と言っていました。

お互い色々あったけど、ラリーが好きだという彼の発言を聞いて嬉しかったし、少しお互いの事を分かりあえた気がしました。引き続き連絡は取り続けて行こうと思います。



・・・しかし、本当に疲れたなあ。
ラリーで車を運転するのが、どんだけ楽か。

返品

オイルダダ漏れのオーバーホール済みダンパーを先方に送り返しました。
これで何回目でしょうか・・・
オイルシールがちゃんと嵌っていないように見えますが・・・
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ダンパーのロッドもめっきが剥がれた個所があり、錆びてます。
・・・何なんすかね、このクオリティの低さ。
ロッドに傷がついたままオーバーホール済みとして帰ってくるダンパー。
ありえない、と思うのは日本人、いや、筆者だけでしょうか・・・
そりゃ、バンプラバー付ければここはオイルシールに当たらないかも知れないが、他にもロッドに傷あるんじゃないの?どうやって検査してんの?

と、疑いだしたらきりが無いです。

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クロスギアも先方に送り返しました。
何ら意味を持たない業務が続きます。


エキマニは割れを発見してしまいました。
マフラーショップに持って行って、治して貰う必要があります。
治ると良いのですが。
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LSPR参戦について

今日は一日中、頭がガンガン痛い日でした。


今回、ラリーアメリカ最終戦参戦に向けて準備をして参りましたが、車両準備がうまくいかず、 筆者の思いと現実とはかけ離れており、参戦する事に意義を見いだせなくなりました。

よって、今回の参戦は見送る事としました。

コドライバーのキーラン、サービスクルーになる予定だったミシガン工科大学のケニーとドリュー、
日本から来て下さる予定だったRS.TAKEDAの武田社長とコウザキフォトサービスの光崎さん、
お世話になったプレイドライブ編集部さん、そしていつも応援して下さる皆様には大変申し訳ないです。
全て私の能力が足らないが故の事です。



昨年2度完走しリザルトが残った事を踏まえ、今年は車両を更に速くして、SS距離200km以上のラリーアメリカのステージで戦える、競える事を目指して行動してきました。

ダンパーを全てリフレッシュしたり、クロスミッションを搭載しようとした試みは、昨年の実戦経験から、コンペティティブになる為にはやらなければならないアップデートでした。
その上で、ドライバーが全力を出して走った時に、どんなリザルトになるかを見たかった。

ですから、前回のラリーの前からずっと、クロスミッションとダンパーだけは、最低限アップデートしようと行動してきました。
前のラリーにはミッションのアップデートが間に合わなかったので(当初はラリー前の1週間で出来る、と先方に言われていたのですが) ラリーが終わってからすぐにミッションを自宅で降ろし、他のスペアミッションと合わせて、片道2時間かけてシンシナティのレースショップまで持って行きました。
1か月以上あればさすがに大丈夫かと。

しかしながら、先週末ようやく戻ってきたミッションは何のアップデートも施されていませんでした。
フォーカスのMTX75トランスミッション用として売られているクロスギアが、筆者のMTX75ミッションに組めないとの事でした。
こんな馬鹿げた話はありません。
組み付けをお願いしていたショップは色々トライをしてくれたそうですが・・・それでも時間がかかり過ぎです。
もっと速く結論を出して貰えたら、別の策も考えられたのですが、それも時間不足で不可能になりました。
それでも、この結論が導けただけでもマシかもしれません。
今回依頼したレースショップに辿りつくまで、2件ギアの組み込みを断られてますから。

クロスギアのメーカーにどうなってんの?と確認したら、えっ、そうなの?的な回答・・・
でもリファンドには応じないって・・・フザケンナ。

とにかく、ミッションが帰って来た時点で筆者に出来た事は、至急ミッションを搭載して、車の準備を進める事です。
ミッション搭載時に発生した色んな問題を潰し、残った不具合は改善する為の段どりを考え計画をしながら、何とか昨日、ミッションを載せ全ての補機類を付け、 エンジンが掛けられる所まで持ってきました。

次にダンパーを組み付けようとした所、オーバーホールして戻ってきたばかりのダンパーからオイル漏れが発生・・・
滲みなんてレベルではなく、オイルがダラダラ滴ってきます。
ダンパーを預けて既に3カ月位経ち、前回のラリーには不手際が重なって投入出来ずノーマルダンパーで走る事になり、やっと、やっと帰って来たダンパーが、走行する前にオイル漏れ・・・

もう言葉が出なくなりました。

ラリーは一歩間違えば危険を伴います。
ラリーアメリカのコースはハイスピードでジャンプも多数あり、非常にテクニカルなコースです。
車に対する要求値は高いものが求められます。
準備不足の車でクラッシュを起こして、万一コドライバーに怪我でもさせたら・・・考えたくもない。
ラリードライバーはコドライバーの命を預かる訳です。
コドライバーのキーランは、準備不足の車に乗る事を嫌がります(どんなコドラでもそうだと思いますが)
その分、ラリー中は常にプロフェッショナルで居てくれます。
そういった信頼関係があって、初めてラリーが成立すると思います。

前回、ノーマルダンパーで走らなければならなくなったとき、前回コドラを受けてくれたベンには、本当に申し訳なくて、胸が張り裂けそうでした。
彼の人柄なのか、彼は恨みごと一つ言いませんでしたが、心の中では絶対ムカついているでしょう。
言葉の問題で本音の心の通い合いがないから分からないだけでしょう。
例えば筆者がラリー北海道にコドラで出て、ドライバーがノーマルサスの車を持ってきたら、カチンと来ますよね。

そういった事をまた繰り返すのか、と思うと、出走に向かう気持ちが湧いてきませんでした。
走りたくないのか、と言われれば走りたいですが、ただひたすら完走を目指す、それも準備不足の車を使って・・・
それを受け入れる事が出来ませんでした。

ラリーで戦う為の体制を築くのもドライバーの能力の一部です。
ラリーアメリカとは何かを調べる所から始まって、どうやって出れば良いか調べて、車を試乗して買って、ラリーに出て、人間関係を築いて、今まで全て一人でやってきました。
ライト親子やダッジのクリス、フィットのジェームス、チームオニールの人達や他のクラスの面々と繋がりが出来、サービスクルーになってくれる友人も出来ました。
昨年は出るだけ、完走するだけで良かった。
自分がラリーに出るための輪が出来てきた。
でも今年はもう一段階段を上りたかった。

今年は良いリザルトが必要で、あいつ速いな、良いドライバーだな、と思って貰えて初めて次の世界があると思ってました。
その為の準備を今年はして来たつもりです。
あいつ速いな、と周囲に思わせれば、何かが開けるかもしれない。
ミッションの扱いだって、ダンパーだって、他の顧客とは別に最優先でやって貰えるようになるかも知れない。
その為には、車は最低限速くないといけない。

でも、上手くいかなかった。
筆者の能力が足らなかった。
自分一人でやるのは限界だった。

結局、時間とお金を使い、結果、得られたものは何も無かったという事になりました。
(悪い思い出だけが残りました)

今まで、有言実行で、言った事は割とやってきたと思うし、何くそ負けるか、という気持ちで常にやってきました。
でも、ラリー前の色んな事の積み重ねで、ネガティブな事しか考えられなくなりました。
心が折れてしまいました。
ラリー中に心が折れるよりは、まだマシかもしれませんが。


長く書きましたが、何を言っても言い訳、大した意味はないと思って下さい。
全てを自分の中で消化する事は出来ませんでしたので、吐き出させて貰いました。



これを糧に、また次回のラリーで頑張ります。
LSPRのリザルトを楽しみにされていた皆様、本当にすみませんでした。

イライラする

イライラその1

前回のラリー前にオーバーホールを完了させて、実戦投入する予定だったダンパー。
オーバーホールを依頼していた先方の部品手配不備がラリー前に発覚し、使う事が出来ませんでした。

前回のラリー後、速攻で先方にクレーム入れて送り直して、約1か月・・・

やっと、やっと戻って来ました。

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何度も、何度も、先方に確認と念押しと納期確認して、さぞうざい奴と思われた事でしょう。
本当にくたびれます。

一応1台分はそろいましたが、まだ1本帰ってきていないダンパーがあります。
まだ終わりません。


イライラその2

レースショップにお願いしたクロスギア装着。

前回のラリー後、トランスミッションを直ぐに車から降ろして先方に預けたのですが、未だ帰らず。
ラリーはもう来週なんですが。

何度も何度も状況確認しているのですが、進展なし。

この国の時間管理、納期管理はどうなってんでしょうか?
日本人だからってなめられてんのかな?

車の準備が遅々として進みません。
フラストレーションMAX。